奈良県の最南端にある十津川村は日本最大の村で、奈良県のうち4分の1くらいを占める巨大な村です。大阪の隣県でありながら、とにかく行くのが大変な秘境です。そんな秘境だけに、村内には私の大好物になるような廃墟や裏観光地、心霊スポットなんかがあります。
今回は、十津川村の滝川地区にある二村小学校跡の廃墟探訪レポートです。この廃墟の最大の見どころは、山越えをして通学する生徒のために手作り(手掘り?)のトンネルがあることです。今も現役で通行できますが、すでに小学校は廃校。滝川地区の集落と小学校跡がある集落を行き来する人もほとんどいないようで、実質的な廃トンネル状態です。
廃校跡はもちろんですが、かつての通学路だったという手作りトンネルも気になるので、現地を探訪してきました。
まずは、位置関係から
まずは、位置関係から説明しておきたいと思います。滝川集落から吊り橋で川を渡って南下、手作りトンネルを越えると二村小学校があります。小学校側の集落は孤立集落なので、徒歩だと実質的にこのトンネルと吊り橋でしか滝川集落と往来ができないように見えます。

小学校のある集落よりも、北側の滝川集落のほうが家も多く人口も多いように見えます。ここから小学校に通うとなると左側の山道を大回りしないといけないので、それを大幅ショートカットするために吊り橋とトンネルが作られました。
小学校側の集落は小さく、しかも東側は行き止まりになっています。この規模感を考えると、トンネルを通って通学していた生徒のほうが多かったのでしょう。
空き家らだけの滝川集落に突如出現する吊り橋
先ほどの地図を見ても分かるように、滝川集落には結構な数の家があります。今となっては空き家だらけで、私が探訪した時も橋の周辺に現役の家はほとんどありませんでした。そんな空き家が立ち並んでいる隙間に、この異空間への入口があります。

吊り橋の名前は、下地橋。十津川村が管理する村道のようです。十津川村にはこんな感じの吊り橋があちこちにあるんですが、その先がトンネル、しかも手作りトンネルというのはここだけです。
それでは、渡って行きましょう。十津川村の吊り橋といえば「谷瀬の吊り橋」がめっちゃ有名ですが、それと比べると距離も高さもそれほどではありません。なので怖くないと思ってましたが、いざ渡り始めると金具は錆び錆びで結構揺れます。しかも両側のフェンス(?)がかなり低いので、なかなかのスリル体験でした。

橋の真ん中あたりから両側を見ると、実に十津川らしい風景が広がります。

雨上がりだったこともあって、山には幻想的なモヤがかかっていますね。

反対側にも、美しい川と森の風景が広がります。真夏の探訪ですが、水も冷たそう。
足元には、ザーザーと音を立てて流れる十津川の流れ。写真では伝わりにくいですが、中々ビビります。

入ってみると怖すぎる手作りトンネル
吊り橋を渡り切ると、すぐにトンネルの入り口に差し掛かります。
この時点で、なかなか怖くないですか?

わずかに明かりは見えるものの、基本真っ暗。しかも反対側の出口も見えず。しかも今はほとんど使われていないトンネルということで、入る時にちょっと躊躇しました。
でもやっぱり気になる。せっかくここまで来たし、ということでトンネルに突入。

コンクリートやモルタルで固めている部分や、岩肌がむき出しの部分など、内壁の表情もさまざま。時々ある明かりのおかげで懐中電灯なしで歩けますが、かなり暗いですし、洞窟のようにヒンヤリとした空気で、ジトジトとした怖さがこみ上げてきます。

この、そこはかとない気持ち悪さ。安全のためにコーティングしてるんでしょうけど、巨大な生き物に食べられて胃腸の中に入ったような風景です(見たことないけど)。
照明のための電線でしょうか、トンネル内にはずっとケーブルがあるんですが、時々垂れ下がっています。それを上手に木の枝で支えてあるので、誰かが通りやすいようにやってくれたんでしょう。

ようやく出口の光が見えてきています。
出口が近くなってくると、岩肌が丸見えです。地下水がポタポタと漏れているところもあるので、このトンネルもいつかは崩れてしまうんですかね。

さて、出口が近づいてきました。
子供の頃に見ていた川口浩探検隊を思い出す光景ですが、それを知っている方はたぶんアラフィフ以上です。

ほとんど人が通っている気配がない山道を下って小学校に向かう
トンネルは山の中腹に出てくるので、平地にある二村小学校に向かうには山道を下って行く必要があります。これがまたひどくて、ほとんど人が通っている気配がありません。舗装されているところもありますが、土がむき出しのところもありますし、舗装されている上に土砂が流れてきて再び未舗装のようになっているところもあります。
危ないので慎重に下って行くことにしましょう。

つづら折りになっている下り坂を、ターンするたびに1枚ずつ撮影しました。




このあたりは風屋ダムの下流にあるので、坂を下りていく途中で風屋ダムが見えました。


悪路をどんどん下りていくと、ようやく建物が見えてきました。
さらに近づいてみましょう。

「はげましあって、みんなのびよう」でしょうか。ようやく小学校を感じさせる遺構にたどり着きました。
吊り橋を渡って手作りトンネルを通り抜けて坂道を下ったら、いきなり小学校。都会ではあり得ない無防備さですが、そもそも吊り橋もトンネルも小学校のためにあるようなものなので、これでいいんですかね。

この建物は、グラウンドで使うものを保管する用具置き場だったようです。
まるでリゾートホテル?秘境に現れる豪華な校舎
平地に下りると、そこは二村小学校のかつてのグラウンドです。グランドから校舎の外観を撮ってみました。山奥の小さな小学校の割には、何とも豪華な建物です。

まだ新しいやん、と思ったら二村小学校が閉校されたのは2010年のことだそうで、撮影時点の2025年からはまだ15年前です。比較的新しい廃墟ということで、まだまだ使えそうな雰囲気を醸しています。

近くで見ると、何となくモダンな建築のようにも感じます。
手前に大きな鉄骨が置かれますが、これは何なんでしょうね?まだ解体している様子もないし、新たに何かを建てるはずもないし。近隣の会社が資材置き場にしてるとか?
学校には必ずあるアレがすべて倒されている
学校といえば、校歌や標語のような文言が刻まれた石碑のようなものがありますよね。この二村小学校にもしっかりあったようですが、それらがすべて倒されています。

高いところにあったと思われる時計も外されていますが、その周りにあるのが倒された石碑たち。




おそらく、高いところから時計が落ちたり石碑が倒れたりすると危ないので、廃校になってから倒してあるものと思われます。特に立入禁止になっていないですし、鉄骨が置かれている状況を考えると人が入ってくることがチョイチョイあるのかもしれません。
ガラス張りの更衣室?のようなものがあるんですが、これは何でしょうね?

更衣室の割には半分丸見えになってるし、何に使うのか謎です。
この建屋の後ろ側には、こんな掲示板が。廃校になった学校だけに、なんか怖い。

玉置神社をはじめ、近くには熊野三山など由緒ある神社が多い地域だけに、子供たちへの戒めでしょうか。
豪華な校舎が目を引く二村小学校ですが、隣にはこれまた立派なプールもあります。

おそらく廃校になってからこのスペースを村民プールみたいにしていたっぽいです。

ここに書かれているキャンプ場というのは、おそらく冒頭の地図に載っていた東側のキャンプ場のことかと思います。
維持管理費にかかるお気持ち・・・プライスレス・・・。
校舎を間近で見てみよう
特に立入禁止にはなっていないので、校舎を間近で見てみることにしましょう。
この階段から2階に上がれそうです。

とはいえすでに自然に還りかけているので、足元注意です。
また、階段のところどころにはヒルっぽい生き物もいます。こうした危険生物にも注意です。
2階に上がると、往年の小学校っぽい風景がありました。

どうやらここが正面玄関だったようです。

もちろん建物には立入禁止で、しっかり鍵も掛かっています。
上のガラス部分には、「ようこそ二村小学校へ」って書かれてますね。

このガラス面にスマホを押し当てて、中を撮ってみました。

うーん、ちょっと掃除すれば今にも生徒が出てきそうな雰囲気です。
山奥の小学校にしては、結構たくさんの生徒がいたことを感じさせる玄関でもあります。
この正面玄関の右側に通路があるので、そこから別の玄関にも向かってみましょう。上の写真でいうと、右奥のドアです。

この通路を越えて・・・

もうひとつの玄関に来ました。横幅から見て、こっちが正面玄関かな?
「おはようございます」の看板もありますし、生徒たちはここから登校していたのかも。
そして気になるのが、中にある「閉校の集い」の看板です。

2010年に閉校した時に、ファイナルイベントをしたんでしょうね。その時点で生徒はいったい何人いたのか、OB・OGはどれだけ集まったのか、色々と妄想を掻き立てます。
先ほどとは反対側にも階段があるので、その階段から地上に下りてみましょう。

雨上がりということもあって階段はヌルヌル、キノコらしきものも生えているので余計に滑りやすく、登ってきた階段よりも要注意です。

しかも、階段自体もボロボロ。15年でここまで壊れてしまうんですね。エントロピー増大の法則、恐るべし。
おそらくこのまま朽ち果てていくであろう二村小学校、かろうじて当時の面影を残している今の姿をしっかり当ブログに記録しておきたいと思います。
帰りも不気味な手作りトンネルでは心霊現象?
それでは、二村小学校跡から元の場所に戻ります。つづら折りの坂道を登って、トンネルを通り抜けて、下地橋を渡って・・・というルートなんですが、帰りは行きよりもトンネルが不気味に見えました。

トンネルを3分の2ほど進んだところで、中年女性の声がしました。当然そんな人はいませんが、あまりにも鮮明に聞こえたので、トンネルの出口付近に人がいるのかと思いました。
しかし、トンネルを通り抜けても誰もおらず(すぐに吊り橋なので人がいたら見える)、後ろを振り返っても誰もおらず・・・。私は霊感があるというほど明確な力はありませんが、たまに「聞こえる」「感じる」ことがあります。
しかもその声、後で思い起こしてみると「もう嫌」と言っていたような・・・。
トンネルの中では記録用にたくさんの写真を撮ったんですが、その中の1枚に「変なもの」が写っていました。人の顔のようにも見えるし、顔だとする3つあるようにも見えます。あまりにも気持ち悪いので掲載しませんが、もしかしたらこのトンネルは別の意味でも「やばいスポット」なのかもしれません。



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