全国にある政令指定都市の中で最も高齢化率が高く、人口減少も著しい福岡県の北九州市。かつては鉄鋼や石炭の産業で栄えたものの、盛者必衰。
特に若松区は地理的にもちょっと独立したようなエリアになっているんですが、それだけに他の地域とのつながりが薄いのか、独立したまま寂れていっている印象です。
今回は、そんな北九州市の若松を探訪しました。シャッター通りあり、遊郭の名残あり、戦後ドサクサで建てられたバラック地帯ありで、個人的には見どころいっぱいでした。
まずは、若松の位置関係をおさらい
最初に、若松の地理的な特徴をおさらいしておきましょう。北九州市若松区は、ここにあります。

この赤い点線で囲まれたエリアが、若松区です。東半分が地続きでなくなっているのが分かりますね。対岸にある戸畑区とは若戸大橋や船で結ばれていますが、やはりこうして海で隔たれていると独立感あります。
JR線も若松まで伸びていますが、若松駅が終点です。その先につながっていないことも、若松の独立感を醸しています。この地理的な独立感が、時代に置き去りにされてしまったひとつの原因だと思います。
賑わいが失われた4つの商店街
若松の中心部には、たくさんの商店街があります。今はすでにシャッター通りになってしまっていますが、その規模を考えると往年は相当な賑わいだったものと思われます。
「五平太」のふるさと?若松商店街
それでは、1つずつ見ていきましょう。最初は、若松商店街から。

若松には古くから五平太ばやしという郷土芸能があるそうです。おそらくこの若松商店街は、その五平太ばやしにちなんだ祭りの本場なんでしょう。
しかし今の若松商店街は、見ての通りです。

開いている店を探すほうが難しいほど、シャッター通り化してしまっています。
個人的には、なかなか味のある建物も多くて萌えます。



営業中の店舗がなくなりつつある大正町商店街
次に、大正町商店街。こちらはアーケードがある商店街です。「ゑびす市場」の「ゑ」が実に味わい深いですね。

入口付近には営業中の店もありますが、商店街に入ると風景が一変します。

両側がシャッター通りになっていて、営業している店はほとんどありません。


外側から見ても、ここが現役の商店街とは思えない状況です。



唯一に近い営業中の店舗には、猫の店番がいました。魚屋に猫の店番・・・一番のリスク要因のようなw

立派なアーケードが逆に哀愁を醸しだす明治町銀天街
お次は、大正町商店街の反対側にある明治町銀天街です。こちらはもっと立派なアーケードがある商店街です。

この商店街も、御多分に漏れずシャッター通りです。

これまでに見て来た商店街の中では、営業中の店舗が比較的多いように見えました。それでも、シャッター通りがメインであることに違いはありません。
こちらの風景は平日の午後3時頃なので、閉店後ということもないでしょう。




こういう風景は若松だけに限ったことではないですが、アーケードが立派であるほど物悲しさみたいなものが湧き上がってきます。
かつては百貨店もあったウエル本町
お次は、ウエル本町。こちらは車道をはさんで両側の歩道にアーケードがついている商店街です。

入口付近にパチ屋が見えますが、すでに営業していませんでした。商店街のパチ屋が元気に営業しているかどうかは、その商店街の生命力を計るバロメーターだと思っています。その意味では、もうすでに「死に体」なのかもしれません。

ここに、丸柏百貨店があったみたいです。
調べてみると、1979年まで営業していたそうです。私が小学生の時にすでに営業を終えているので、このウエル本町も衰退が始まってから久しいんでしょうね。

戦後ドサクサの面影を今も遺す若松バラック地帯
いよいよ若松探訪のメインディッシュです。
かつて炭鉱から石炭の輸送拠点だった若松には、大量の港湾労働者や炭鉱労働者といった石炭関連の人たちがいました。その人たちが住み着いたバラックや赤線が密集していた地区には、今も多くのバラックや長屋が残っています。一部は廃墟化したり倒壊していますが、現地を探訪してみましょう。
まずはこの地区最大の見どころ(?)、倒壊バラックから探訪開始。


これだけでもこのエリアがいかに特殊であるかが分かると思います。
それでは、若松区中川町のバラック地帯をどんどん巡ってみましょう。

このように、バラックや長屋はほとんどが空き家、もしくは廃墟です。この風景を見ていると、空き家になってからかなりの時間が経過していることが分かります。









バラック地帯は猫のパラダイスだった
このバラック地帯を探訪していると、何度も猫に出会いました。隠れる場所が多いですし、誰かがごはんを持ってくるのでしょう。すでにこのバラック地帯は人口よりも猫のほうが多いかもしれません。




バラック地帯の近くにも、商店街らしきものがあります。
かつてはこのあたりにも店舗が並んでいたんでしょうね。


この商店街らしきエリアにも、猫がいました。

総括
若松には「かつてここに〇〇があった」ことを思わせる場所がたくさんあります。廃墟となって残っているものもあれば、すでに記録だけに残っているものもあったり。北海道にも「かつて炭鉱で栄えた町」はありますが、ここ若松にも同じ香りが漂います。
かつては連歌町遊郭という色街もあって、いかに石炭産業がゴールドラッシュのようになっていたかがしのばれます。それも、今は昔。連歌町遊郭にいたってはその名残りを見つけるのも難しく、バラック地帯で赤線の名残を感じるのが精一杯でした。連歌町遊郭の跡地には料亭に形を変えて残っているところもありますが、現役の飲食店なのであまり興味は湧きませんでした。
これだけの商店街があって、戦後ドサクサとはいえバラックや長屋が密集しているエリアがある若松には、間違いなく栄光の時代がありました。今もそれを静かに伝える名残りを探すのは、裏・北九州観光の醍醐味だと思います。



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