長崎といえば出島に代表されるように、古くからの国際都市です。世界各国の領事館や公館などがあったわけですが、その中にロシアの関連施設もありました。しかし今は勝手にバラックを建てて住み着いた人たちの巣窟・・・一体何があったのか、今現地には何があるのか、そのあたりを現地から解説したいと思います。
グラバー邸からすぐ近くにある異様な風景
現場は、こちらです。一見すると長崎らしい急斜面のある住宅地に見えます。しかし、写真右下に気になる掲示物があります。あと、写真左上にあるコンモリとした木も意味深です。
それではまず、掲示物を見てみましょう。

この掲示物こそ、この場所の数奇な運命を証明する大切な歴史遺産です。

この土地はソ連の所有地であって、その後の後継国家としてロシアが所有している。ここに勝手に入ったり使ったりすんなよ・・・と申しております。
これは怪しいですね。私の大好物です。
それでは現地探訪の前に、この土地がどんな経緯をたどって今の状態になったのかを説明しておきましょう。時系列で並べると、こうなります。
- 帝政ロシアの領事館が設置される
- ロシア革命でロシア帝国がなくなる
- 放置された領事館の土地に家を失った人が勝手に住み着く
- 当時のソビエト連邦が所有権を主張して裁判所に提訴
- ソビエト連邦が崩壊
- 後継国家のロシア連邦が土地の明け渡しを求めて裁判所に提訴
- 日本とロシアの関係悪化によって再び放置
- 住民はほとんどおらずバラックは荒れ放題 ←今ココ
今もこの土地はソビエト連邦の所有地となっているそうですが、当のソ連はないですし、ロシアも関係悪化によって手を出せない。しかも日本国や長崎市も外国政府の所有地ということで手を出せない。
かくして現地は不法占拠で建てられた家が荒れ放題になっているわけです。
規模は違いますが、香港にかつてあった九龍城に近い経緯ですね。
今にも倒壊しそうなバラック廃墟の中を探訪
この土地の数奇な歴史をたどった上で、それでは現地の探訪を始めましょう。
先ほどの掲示物の隣に狭い通路があるので、そこから入っていきます。

この青いトタンのところから入っていくわけですが、早くもS級のバラック廃墟が出迎えてくれます。
すでに植物が成長しまくって、バラックの中も森のようになっていることでしょう。

左側のトタン、右側のレンガ。どちらが旧ロシア領事館の土地なのかすぐに分かります。
よく見るとトタンの壁がちょっと通路側に傾いているので、ちょっとした衝撃で倒れてきそうです。長崎は台風が頻繁に来襲するわけで、いつまでこの状態で建っていられるか。
この奥は、さらに通路が狭くなっているのが見えます。そこに進んで行きましょう。

相変わらず倒れそうなトタン壁と、立入禁止を伝えるロープと注意書き。ほぼ空き家なのでめっちゃ静かなんですが、それがまた不気味に感じます。

このあたりのバラックは、さらに崩壊寸前。ただでさえ急斜面なのにこんな不安定な建物を建てて、よく住んでいられたなと思います。
この日は天気が良かっただけに、放置された土地に生えている木々の木漏れ日がイイ感じになっていたりします。

すでに何十年も放置されていることもあって、かなり自然に還りつつあります。
逆に木々がバラックの倒壊を防いでいるのかもしれません。
バラックを覗いてみると・・・

もはや建物なのか、瓦礫なのか。当然ながら入る勇気はありませんし、無許可で入るとロシアへの密入国になってしまいますw
倒壊寸前のバラックは、もはやジェンガ
先ほどの倒壊しそうな建物の上から見下ろすと、この建物のヤバさが分かると思います。

倒れ掛かっている建物を木の棒で支えているというジェンガ状態。
まさかこの上に人が住んでいたとは。

しかも、このジェンガの奥にはまた私の好きそうな掲示物があります。

ここにもありました、アレキサンダー・ニコラヴィッチ・パノーフ氏の注意書き。この掲示物は石垣に設置されていますが、この石垣はかつてあったロシア領事館のものだそうです。
このあたりで上を見上げると・・・

この建物が、もしかすると旧ロシア領事館かもしれません。最後に紹介する領事館の写真と似ているからです。石垣の上に建っているため場所的にも合っていそうですが、さすがに違うかな?
こちらは別の建物ですが、とにかく植物の勢いが凄まじい。もはや腐海です。

バラックとはいえ、今もこうして建っているわけですし、結構しっかりした建物が多い印象です。
とはいえ、植物のほうがはるかにしっかりしてしまってますが。

この建物の上にも、実に立派な木があります。
一体何十年かけてここまで育ったんやろう・・・。

しかしまぁ、バラックの密集度もなかなかです。
かつて長崎には軍艦島があって日本一の人口密度だったそうですが、ここも中々のもんだったんではないでしょうか。


今やバラックの中は、瓦礫の密度も中々です。
どの角度から見ても異様な風景は変わらず
先ほどの通路を降りて、急斜面を登って反対側から現地を望みます。向かって左側が問題の土地ですが、やはりすぐにここだけ異質であることが分かります。中央付近にあるコンモリとした木は、先ほど狭い通路から見上げた木です。やはり立派なので、ここにロシア領事館の建物があったんでしょうね。

再び最初の地点に戻ってきました。
この石垣の上に建っているのはすべて勝手に立てた家のはずですが、この掲示物の真上にある建物は比較的新しく、植物にあまり浸食されていません。
冒頭の写真を再び見てもらえると分かりますが、この建物にはどうやら1軒だけ住人がいるようです。

当時の歴史を語る看板?ここは観光地なのか?
この近くには、当時の歴史を語る看板が設置されています。確かに歴史を語ってはいるんですが、これを観光地のように紹介するのもどうかなと。

この看板、モロに現地にあるのではなく少し離れたところに設置されていたところに、長崎市の複雑な立ち位置があるのかもしれません。
荒れ放題のバラックは、台風や地震でいつ倒壊してもおかしくありません。今の姿を見るのであれば、早めのほうが良さそうです。



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