沖縄県名護市にある米軍基地、キャンプシュワブ。
宜野湾市にある普天間飛行場の移転先として一躍名前が知られるようになったわけですが、それと同時に基地反対運動の聖地のようになったことでも名を馳せるようになりました。
そんな名護市の辺野古には、アップルタウンと呼ばれる町があって、その中には米軍向けのバーが立ち並ぶ社交街(沖縄でいう飲み屋街のこと)がありました。
しかし色々な事情で辺野古社交街を利用する米軍関係者が激減したため、今では「アメリカっぽい廃墟」が立ち並ぶエリアとなっています。
そんな辺野古のアップルタウンと辺野古社交街、それとキャンプシュワブ前にあるアレなテント村も探訪してきました。
辺野古アップルタウンとは?
辺野古地区は、名護市の南端あたりにあります。辺野古と名のつく地区の半分くらいは米軍基地のキャンプシュワブになっていて、ここに普天間飛行場が移転してくることが決まっています。
かつてベトナム戦争の当時はこの基地が重要な役割を果たしていたため、米軍関係者の数も多く、そこに隣接しているアップルタウンや社交街は大いに賑わっていたそうです。
その後ベトナム戦争が終わって兵士の数が減り、兵士が基地の外で問題を起こしたりすることを受けて外出を制限したりしたため、社交街がアテにしていた客がほとんど来なくなりました。
かくして辺野古社交街は寂れ、ほとんどが廃業。今は廃業した店舗が「アメリカっぽい廃墟」となり、私のような廃墟好きにとっては垂涎の風景を醸し出しています。
なお、「アップルタウン」という名前は、この辺野古地区の開発に尽力した米軍のアップル中佐の名前にちなんでいます。現地にはその由来を記す看板もあって、地元の発展に貢献した人物として讃えられているみたいです。

この看板があるところが、辺野古アップルタウンの入口です。
こんな立派な看板もあります。

アップルタウンに入ると、このエリアの地図があります。
ただし、めっちゃ古くて何が書いてあるのかもわかりません。わかったとしても、そこにある店はほとんどないと思います。

それでは、辺野古アップルタウンに入って行きましょう。
辺野古は沖縄らしい住宅地でもある
実際に辺野古アップルタウンに入ってみると、案外普通の住宅地なんだと感じます。
ただ、やっぱり人口は減ってるみたいで、ほとんど人とすれ違ったり人の姿を見ることがありません。

クルマが停まっているところは、人が住んでいる模様です。
もう駐禁も何もないのか、皆さん普通に路駐もしています。

場所によっては道幅が狭かったりもしますが、路駐クオリティは変わりません。
それにしても、クルマはチョイチョイあるのに人の姿がありません。

こちらはもう空き家になって、そのまま廃墟化した民家だと思います。
こういう民家の廃墟も結構あちこちにあります。

人はいないが猫ならいる
人の姿が見えない辺野古ですが、猫には何度か出会いました。

沖縄は温暖で冬も命に関わるような寒さになることがないので、猫にとっても住みやすいんでしょうね。辺野古に限らず、沖縄はめっちゃ猫と出会います。

どの猫もこちらをジーッと見てきます。よそ者が珍しいんでしょうか。
米軍向け飲み屋街、辺野古社交街の廃墟群
それではいよいよ、辺野古社交街に入って行きましょう。
辺野古地区のメイン通り(?)の広い道路を、突き当り付近まで行くとバーやスナックの廃墟群が現れます。
それでは、アメリカっぽい廃墟をご覧ください。


どちらもかなり状態がいいので現役かな?とも思ってしまいますが、どちらも営業はしていない模様。
廃墟になってからそれほど時間が経っていないのかもしれません。
そうかと思うと、モロ廃墟という建物も結構あります。






辛うじて看板の字が読める看板、もう何が書いてあったのかも分からない看板などなど。
でもほとんどがアルファベットで、アメリカっぽい廃墟であることは共通しています。
こちらの建物は、もはや窓がありません。以前は1階部分も窓が全部なかったんですが、今回の探訪では木の板でふさがれてました。誰かが管理はしてるんでしょうね。


すでに自然に還り始めてる?と思えるような廃墟も。
やっぱり、植物の力は凄まじい。沖縄だけに、ジャングルみたいになっていくんでしょうか。


うーん、辛うじて看板の文字が見えるような、見えないような。




こんな感じで看板が結構きれいに残ってる店もあるんですが、どうも営業はしてないようです。
しかもこの「ハワイ」の写真を撮ってたら、中から人が出てきてかなりビックリしました(しかも第一村人)。すぐに正面の家らしき建物に入って行ったんですが、どうやら今は倉庫として使ってるみたいです。


こちらは現役なのかどうか、見ただけでは判別できませんでした。
この道路が辺野古のメイン通りみたいになっているので、もしかしたら現役かもしれません。

最盛期には80軒以上あったバーやスナックのほとんどが廃業したとあって、なかなか見ごたえのある廃墟群です。夜になったらネオンで明るかったと思いますが、今は夜歩いたら怖そう。
キャンプシュワブの正面にあるアレなテント村
ここからは、オマケです。
せっかく辺野古まで来たということで、キャンプシュワブの前に陣取っているアレなテント村も探訪してみましょう。
沖縄の反基地運動の聖地みたいに位置づけられているだけに、なかなかの規模です。
こちらが、ネットで話題になった看板です。
ひろゆき氏が「誰もいないから座り込みゼロ日で良くない?」と投稿して炎上、その後何者かにこの看板が盗まれるなど、まぁ色々あったところです。ちなみに、この時も誰もいませんでした。

テント村と表現しましたが、テントというよりもはや建物に近いレベル。
こんなのが横にズラーッと並んでるので、かなりの人数が座れそうです。
それにしても、しっかり作ってあるなぁ。

米軍基地について、反対運動について学べる掲示物たち。

この運動をしている人たちの側からの主張なので、まぁアレなんですが。

テント等設置禁止・・・ここは国道、そりゃそうですよね。
なぜ強制的に撤去されないのか不思議なんですが、それも沖縄あるあるなんでしょうか。

ここで15分ほど撮影したり探訪したりしてたんですが、結局誰もいませんでした。
辺野古地区といい、ほとんど人に会わない探訪なのでした。
総括
一度は栄えた街が寂れて廃墟化するのは、どこにでもあることです。その経緯はさまざまですが、辺野古社交街にはアメリカっぽい廃墟があります。これは沖縄特有の風景でしょうし、普天間飛行場が辺野古にやって来てもそこまで急に人が増えるとは考えにくく、この社交街が復活して賑わうというのは中々ないでしょう。
沖縄は台風が続々とやって来るので、建物の劣化も早いといいます。すでに窓がなくなった建物もあったり、今後はアメリカっぽさもなくなって、何だったのか分からない廃墟が立ち並ぶ風景になっていくと思われます。
なお、地図は辺野古アップルタウンの入口にある「辺野古の一里塚」にピンを刺しています。



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