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【戦後ドサクサの闇】アパッチ族と呼ばれた古鉄窃盗団の根城となったアパッチ集落の今(大阪・城東区)

かつて大阪には、大阪砲兵工廠という巨大な軍事工場がありました。世界的に見ても技術的、規模的にもトップクラスの工場で、靖國神社の鳥居を作ったことでも知られています。それだけの設備と規模を誇った大阪砲兵工廠ですが、終戦直前の1945年8月に大規模な空襲に遭い、ことごとく破壊されてしまいました。
その翌日に終戦となり、兵器を作る必要性はなくなり、大量の不発弾が眠っていることもあって危険ということで長らく荒れたまま放置されていました。
そこに目を付けたのが、アパッチ族と呼ばれる古鉄の窃盗団でした。彼らは夜な夜な大阪砲兵工廠の廃墟に忍び込み、屑鉄を盗んでは売りさばいて生計を立てていました。折しも鉄の価格が高騰していた時期で相当儲かったそうで、警察とアパッチ族の攻防は当時の新聞でも大きく取り上げられていたんだとか。
アパッチ族は大阪砲兵工廠の東側にバラックを建てて生活をしており、そんなバラック群がやがてアパッチ集落となりました。今は大阪砲兵工廠の跡地はOBP(大阪ビジネスパーク)の高層ビル群や大阪公立大学のキャンパスになるなど見違えるような風景になりましたが、アパッチ集落だけは当時の姿を色濃く残しているので、その面影を求めて現地に向かいました。

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近代的な風景のすぐ隣にある香ばしい風景

大阪砲兵工廠の跡にできたOBPは、高層ビルが林立する近代的な街です。超一流企業ばかりで、道行く人もシュッとした人たち。このOBPの中にあるホテルニューオータニのすぐ横に、大阪環状線の線路をくぐる意味深な通路があります。

大阪のアパッチ集落

見ての通り、アーバンな風景です。私がこの写真を撮った位置に、こんな案内看板があります。

大阪のアパッチ集落

「階段をおりて川沿いに進む」とあります。確かにその通りに進むと大阪府看護協会の立派な建物があるんですが、そこに至るまでにはアパッチ集落を通ることになります。とはいえ集落の外側なので、意識していなければ「昭和の住宅地」にしか見えないかもしれませんが。
ちなみに、このあたりには階段下の通路にかつてあった「鐘」という喫茶店の案内看板もありました。
それでは、階段を降りて行きましょう。

大阪のアパッチ集落

階段を降りると、早速コレです。OBPがまだ見えていますが、早くも香ばしい風景が始まりました。
この通路は大阪環状線の真下をくぐります。高架下はすべて金網が設置されているので、かつては不法占拠でアレな人たちがいたと思われます。
なお、喫茶店「鐘」もこの高架下にありました。

大阪のアパッチ集落

この高架下を歩いているだけでも、今から始まる風景へのワクワク感を醸してくれます。

大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落

高架下を通り抜けて振り返ると、この高架下通路の何ともいえない雰囲気を楽しんでいただけると思います。

大阪のアパッチ集落

いよいよアパッチ集落が姿を現す

高架下を抜けると、そこはもうアパッチ集落です。
線路沿いに不自然に建っている家や、古いバラックらしき建物が確認できます。

大阪のアパッチ集落

その周りに建っているマンションなどの建物と比べても、明らかに今の時代に似つかわしくない建物が並んでいますね。

大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落

この住宅群の裏側に、めっちゃ狭い通路を見つけました。

大阪のアパッチ集落

ちょっと分かりにくいかもしれませんが、ここです。

大阪のアパッチ集落

どう見てもクルマは入れない激せまの通路。これは入るしかないと思って入ってみると・・・

大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落

数軒の古いバラックなどもあって、その先は私の大好物の行き止まりでした。
空き家もチラホラとあります。
ここはアパッチ集落全体で見ると「北側」にあたります。次は川に近い「南側」にも入ってみましょう。

アパッチ集落は道路よりも少し低い

アパッチ集落のひとつの特徴として、集落全体が少し低いんです。そのため、道路と集落の間には手作り階段があちこちにあります。

大阪のアパッチ集落

ちょっと分かりにくいかもしれませんが、左側(アパッチ集落)と右側(道路)には結構な段差があります。

大阪のアパッチ集落

別の場所でも大きな段差が確認できます。写真奥には黄色の手すりがついた階段がありますね。
現地の探訪をするのにあたって、私はこの階段を目印にしていました。

大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落

どれもお手製だけに、仕様・段数ともにまちまちなのが萌えます。

激せま通路の中には廃墟、バラックが満載

それでは道路より少し低い集落を探訪していきましょう。
とにかく通路は狭いですが、くまなく歩いているとあちこちに廃墟やバラックを見つけることができました。

大阪のアパッチ集落

ちょっと広めの通路でも、コレです。
それでは、集落内の風景をドバーッと紹介します。

大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落

もう、人の家の敷地内なのか通路なのか判別できないところもありました。
いったい、土地の権利関係はどうなってるのか・・・。
この通路は一番狭いですが、この通路の奥にも数軒の家がありました。大きい荷物とか家電とか、どうやって運び込むの??

大阪のアパッチ集落

こんな、揉め事を感じさせる看板も。

大阪のアパッチ集落

すでに廃墟化したエリアも

再びアパッチ集落の「北側」に戻ってみましょう。
この「北側」には先ほど紹介した部分ともう半分、廃墟やバラックなどが立ち並んでいるエリアがあります。

大阪のアパッチ集落

すでにこの建物は廃墟で、周りは金網で囲まれています。何となく「不法占拠⇒立ち退き⇒金網」といいう、他の不法占拠地帯でありがちな時代の流れを想像してしまいます。
このエリアは廃墟メインです。

大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落

公共施設から眺めるアパッチ集落

この「北側」エリアの隣には、大阪市立城東スポーツセンターがあります。その隣にはクレオ大阪東。どちらも大阪市立の公共施設です。こういう施設があることからも、何となくこの地区のアレな歴史を感じてしまうのは習性でしょうか。
さて、この城東スポーツセンターの駐車場からも、アパッチ集落を眺めることができます。

大阪のアパッチ集落

これらの建物は道路に面していません。おそらく私が立っている駐車場側が通路になっていたと思われます。今は道路に面していないことからも、これらは全部空き家もしくは廃墟でしょう。

大阪のアパッチ集落
大阪のアパッチ集落

この駐車場の奥にはさらにアパッチ集落に迫れるところがあるんですが、ここから先は立入禁止。

大阪のアパッチ集落

最後に、大阪環状線の線路沿いの壁に興味深い張り紙を見つけました。

大阪のアパッチ集落

線路沿いの道路にクルマやチャリを勝手に停めるなという趣旨です。確かにこのあたりにチャリを停めて先ほどの通路を抜けると大阪城公園駅や大阪ビジネスパーク駅が近いので、迷惑駐輪されたらたまったもんじゃないでしょう。事実、この日も20台くらいのチャリが停まっていました。
この壁沿いに、最初に紹介した住宅群があります。ということは、その土地も・・・?そんな香ばしいことを想像しつつ、大阪アパッチ集落の探訪レポートを終えたいと思います。
以下のGoogleマップは、「北側」エリアです。ココファン城東の奥にバラックらしき建物が見えると思います。

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